

長岡の空に圧倒的スケールの名物花火が咲き誇ります!
開催の2日間で約20,000発の打上数の「日本三大花火」の一つ長岡まつりの花火大会へ行く、2日間限定のスペシャルツアー!
長岡花火名物、日本最大級の正三尺玉花火は、必見の大迫力!「フェニックス」「スターマイン」「尺玉百連発」などの花火は圧巻の一言です!
花火大会の熱気で、汗ばんだ体を、お帰り前に、お風呂でさっぱりリフレッシュできます!
更にうれしいバスタオル付
(湯沢・三国地区の協定施設)
発売開始までもうしばらくお待ちください。
花火の打ち上げが目の前の、指定席プランもご用意しました。
日本三大祭りの一つ「長岡まつり大花火大会」を特等席で楽しもう!
個人だと取りにくい指定席(団体席)を確保してありますので、打ち上げ場所から一番近い場所でご観覧頂けます。
混雑や場所取りを気にする必要もなく、打ち上げ場所近くから見上げる花火は、音もお腹に響くほどのド迫力!わずか3,000円の料金アップで、快適にお楽しみ頂けます!
※指定席プランの方には、当日、会場にて花火プログラムを用意しています。
※指定席は、団体席(ブルーシートにて、専用スペースを確保したもの)となります。
※椅子の持ち込みは、禁止となっておりますので予めご了承下さい。

日本三大祭りの一つ「長岡まつり花火大会」を満喫できるバスツアー!
車中泊だから、打ち上げ終了までごゆっくりお楽しみ頂けます。


| 行程 | |
| 1 日 目 |
東京(AM10:00集合/AM10:10発) 長岡まつり花火大会 (自由食) ≪打上開始PM19:25頃〜終了21:10頃予定 長岡まつり大花火大会協議会 長岡(PM21:30-PM22:00出発[*1]) |
| 2 日 目 |
湯沢・三国地区(AM02:00頃発[*2]) |
*2=施設到着から約1時間の休憩/入浴時間となる為、出発時間が前後する可能性がございます。
「長岡まつり大花火大会」名物花火
日本一の大河「信濃川」の河川敷で、2011年は8月2日、3日の2日間にわたり開催される「長岡まつり大花火大会」。日本最大級の「正三尺玉」をはじめ、テーマ性の高いスターマイン(速射連発花火)の数々など、規模の大きさとバリエーションの豊富さに、圧倒されることうけあいです!
【正三尺玉】直径90cm、重さ300kgの巨玉が600mの上空で直径650mもの大輪の花を咲かせます。(⇒2)
【フェニックス】復興のシンボル「フェニックス」は、黄金の不死鳥が連なって舞いあがる大迫力のスターマインです。(⇒3)
【ミラクルスターマイン】数か所から同時に打ち上げられ、斜めの打ち上げ、横の広がり、縦の高さ、ともに他とはひと味違います。(⇒4)
【ワイドスターマイン】スターマインを5台同時に打ち上げる、色彩鮮やかなワイドスクリーン花火です。(⇒5)
※写真は過去開催時のものです。花火の呼称や内容は、開催時により変わります。
今年のテーマは、「今こそ届けよう!感謝と勇気」
毎年華やかに繰り広げられる「長岡まつり」。
その起源は長岡の歴史に刻み込まれた、もっとも痛ましいあの夏の日に発しています。
祭そのものの起源は1945年8月1日の長岡空襲からの復興を願い翌1946年8月1日に行われた戦災復興祭ですが、花火大会の始まりはこれとは別で、1879年9月14日と15日の2日間、千手町八幡様の祭りに長原などの遊廓関係者がお金を出し合って花火350発を打ち上げられたのが始まりと言われています。その後、本格的な花火大会となったのは1906年からで、現在の「長岡まつり」という名称になったのは1951年のことです。
※右の写真はイメージ。
| 西暦(年号) | 事柄 |
|---|---|
| 1600年 (慶長5年) |
日本の花火のはじまり。オランダ人によって堺の港から輸入されたのが始まりと言われている。 |
| 1840年 (天保11年) |
長岡藩10代牧野忠雅の時代に川越移封の命が下る。 |
| 1841年 (天保12年) |
長岡花火の発祥。川越移封の命が沙汰止みになり、それを祝って打ちあげた「合図」が始まり。その後この「合図」に各種の工夫が加えられ祭礼などで打ち上げられるようになった。長岡城下でも「草花火興業」が行われたと古い記録にある。 |
| 1879年 (明治12年) |
長岡での本格的な花火大会の開催。9月14、15日の2日間、千手町八幡様の祭りに、遊廓関係者が花火350発を打ち上げたことが、最初の花火大会と伝えられている。 |
| 1880年 (明治13年) |
打ち上げ花火の寄付者の約9割が芸、娼妓で占められており、当時の花火大会が花柳界の力で出発したことを物語っている。 |
| 1907年 (明治40年) |
草生津堤防沿いに「さじき」が設置された。 |
| 1910年 (明治43年) |
長岡煙火協会設立。 |
| 1917年 (大正6年) |
2尺玉登場。 |
| 1926年 (大正15年) |
実寸三尺の正三尺玉登場(一般に三尺玉は、実寸二尺六寸)。大正末期から昭和初期にかけて、長岡花火が全国的にも、広く知られるようになる。 |
| 1935年 (昭和10年) |
長岡市観光協会の設立。 打ち上げ日を9月から、8月5、6日に変更。 |
| 1938年 (昭和13年) |
時局が戦争へと傾いていき、花火大会中止。 |
| 1947年 (昭和22年) |
8月1、2日に「長岡市戦災復興祭」の名のもとで復活。 |
| 西暦(年号) | 事柄 |
|---|---|
| 1948年 (昭和23年) |
この年より、8月1日を戦災殉難者の霊を慰めることに重きを置き花火は、8月2,3日に変更。 |
| 1951年 (昭和26年) |
「長岡まつり」と名称変更。 正三尺玉の打ち上げ復活。その後市勢の発展とともに、名実ともに日本一の歩みを続けている。 |
| 1983年 (昭和58年) |
世界初の三尺五寸玉打ち上げ成功。 |
| 1984年 (昭和59年) |
ニューオリオンズでの国際河川博覧会、ロサンゼルスオリンピック、アメリカの独立記念日を記念して、姉妹都市のフォートワース市で長岡花火を打ち上げ世界的に高い評価を受けた。 |
| 1986年 (昭和61年) |
10号早打新名物誕生 8月4日に市制施行80周年を記念し、信濃川河畔を舞台に冨田勲のシンセサイザーと長岡花火が共演し、国内初の野外大コンサート開催。ワイドスクリーン方式による10号早打80発のダイナミック花火登場。翌年から1発づつ追加して打ち上げられている。 |
| 1987年 (昭和62年) |
大手大橋に仕掛けられるナイアガラ大瀑布が新たに登場。 |
| 1989年 (平成元年) |
この年よりナイアガラが大型花火打上げの幕開けとなった。 |
| 1990年 (平成2年) |
正三尺玉とナイアガラの同時打上実現。 |
| 1996年 (平成8年) |
市制90周年を記念して、ワイドスターマインの打上開始。 |
| 1998年 (平成10年) |
名称の公募によるミラクルスターマインの打上開始。 |
| 1999年 (平成11年) |
二尺玉の打上開始。 |
| 2001年 (平成13年) |
メッセージ花火の打上開始。 |








